<座談会>2019米国図書館視察報告
~ワシントンD.C.、イーノック・プラット、ボルチモア郡の各公共図書館と米国議会図書館~
出席者:松田啓代(鳥取県立図書館)
土井しのぶ(広島市立中央図書館)
手塚美希(紫波町図書館)
司 会:豊田恭子(ビジネス支援図書館推進協議会)
豊田:2019年6月、皆さんはアメリカ図書館協会(以下、ALA)の年次大会で、それぞれ自館の事例発表をされたわけですが、本日はその話ではなくて、その時に訪問したアメリカの図書館について伺っていきたいと思います。
丸善雄松堂の協力のもとに行われた現地図書館視察では、非常に多くの刺激を受けられたのではないかと思いますが、今日はそのあたりを大いに聞かせてください。
豊田:最初に訪問したのが、ワシントンD.C.公共図書館のジョージタウン分館でした。どんなことが印象に残っていますか?
松田:図書館に着いたらまず最初に玄関横の星条旗が目に入って、ああアメリカにきたんだなと。レンガ調の建物も素敵でしたけど、中に入ったら、アンティーク調の机や椅子、照明が落ち着いていて印象的でした。それでいてパソコンがたくさんあったり、DVDが並んでいたり、中は今のニーズに対応しており、素敵な図書館だと思いました。
土井:私も古い建物を何度もリノベーションしながら、新しいサービスに対応しようとしているところが一番、印象に残っています。
松田:話を聞いてみると火事にあったり、水浸しになったり、これまで度々大変な目にあってきたらしいけれど、案内してくださったウェンデル・ケラーさん始め、皆さんバイタリティがあって、明るく温かい。アメリカの図書館員さんというのは、こんな風に仕事をしているんだなと。
手塚:皆さん、ネームプレートだけなんですよね。どこの図書館でもそうでしたが、ユニフォームはなくて、洋服も自由で華やかな感じで、まったく制限していないように感じました。
土井:児童書のコーナーでは司書の名前・顔写真と読んだ本のブックメーターをだして、「(読んだ本の量を)私たちに挑戦する?!」というポスターがありました。司書をしっかりPRし、より身近な存在にしています。
松田:夏休みの読書を呼びかけるポスターですね。メジャーリーグ選手のポスターもありました。
私はアメリカで子育てをした友達から、アメリカの学校には「サマー・リーディング・プログラム」というのがあって、大量に読ませるという話を聞いていたんですが、図書館でもそうなんだ、というのが今回、行ってみて分かりました。
土井:日本では一般的に読んだ本の数は「冊数」でカウントすることが多いけれども、アメリカではブックメーターなんですよね。読んだ本の厚さを測って、合計値を競う。
松田:日本だと、オススメ本を展示して読書へと誘う図書館が多いけれども、アメリカは量を読ませることにもウェイトを置いている感じで、サービスの提供の仕方が違うと思いました。
土井:ほかにも「司書が悲しむのは本が床に落ちていること」とか、「司書が喜ぶのはお気に入りの本を聞かせてくれたとき」などを書いた司書の顔入りポスターがあって、発想がユニーク。
手塚:全体的にデザインがスッキリしている。児童室は少し賑やかだったけれど、それでもごちゃごちゃした印象がない。
土井:あとはダンスとか、ヨガなど。プログラムに非常に意欲的。先日、ツイッターでドラァグクィーンのおはなし会の案内も見つけました。
松田:年間300件やるとか、すごい数でしたね。
手塚:それをたった15人で回しているというので、驚きました。よほど効率化されているのでしょうか。
松田:ボランティア・グループの活動も活発だということだったので、そういう人たちを巻き込んでされている部分もあるのかもしれません。それにしてもタフだなあと。
手塚:どの館でも共通していたのが、日本では“イベント”というところを、アメリカでは“プログラム”という言葉を使っていました。“イベント”は、単発で終わるイメージが強い。“プログラム”であれば、まずは戦略があり、それに沿って有効なプログラムを考える、それはダンスかもしれないし、講座かもしれない、課題に応じて手段が決められていくようなイメージ。ぜひ取り入れたいと思いました。
豊田:次はボルチモア市のイーノック・プラット・フリー・ライブラリですね。荘厳な美しい建物で、ちょうどリノベーションの最終段階でした。ウェズリー・ウイルソン館長と、プログラムとアウトリーチを担当しているケリー・シマブクロさんが、館内の案内と、図書館サービス全体についての解説をしてくださいました。
松田:ここでもやはり、古い図書館の建物を活かしながら、サービスを今の利用者ニーズに合わせているところが印象的でした。大きなレファレンスデスクの足にコロをつけて、利用者の元へ出向いてレファレンスをするという斬新なアイディアには驚きました。
手塚:渡米前に映画「ニューヨーク公共図書館」を観ていたのですが、ニューヨークが特別だったのではなく、今回見学したすべての館が同様の考え方で実践していると分かり、衝撃を受けました。
土井:ワシントンD.C.からボルチモアに入ったときに、街の様子が変わりました。現地ガイドさんから、建物の横の落書きは仕事のない若者たちが描いている、今年はメキシコからの移民労働者が少なくなって、特産物のカニの値段が上がっているとか、そんな社会的背景を伺いました。
そのあと訪問した図書館では、料理をしながら勉強するプログラムがありました。栄養だけではなく、ベイキングやケーキを作ったりするときに、発酵などの科学を学んだり、ケーキやピザを切る時に分数を使うなど、いろんな要素を組み合わせていました。色々と学んだあとは、おなかをいっぱいにしてもらうという魅力的な講座でした。
また就労支援にも、ソーシャルワーカーや弁護士を置いていました。ティーンに対しても、メイカースペースなどを他の組織とタイアップし、就労支援プログラムにつなげている。すべてのサービスが、人種や貧困の問題など地域の課題に真正面に向き合っているんだと肌で感じました。
松田:それぞれの人が仕事を見つけ、自立するために私たちはサービスをしていると司書さんがおっしゃっていました。
アメリカってこういう風に、図書館が人を自立させていく役割をもつのかと、そしてその中で成功した人が図書館に寄付をしていくという、そういう循環ができている国なんだと思いました。
手塚:連携先もすごい。メリーランド州の就労省や、全米中小企業協会と協力してとか。
松田:図書館が、社会から期待されている役割がすごく大きいのを感じました。リノベーションも1億500万ドルをかけた大規模なものだったのに、18か月の建築期間中、図書館を閉じたのはたった2週間だけだったと。5か所に分散していた大人向けの蔵書を、全部1階にまとめるとか、物凄く大変な作業だったと思うけど、利用者サービスを止めない。その情熱もモチベーションもすごく高いのに、それを当たり前のように、静かに語っているところにも感動しました。
手塚:大規模リノベーションも20年という長期で戦略を考え、さらに3年単位の計画も立てていました。
「それは図書館の仕事ではない」と言われそうな、例えば資金調達なども、他の組織と連携して実現していました。
土井:資金調達の専門部署を図書館に置いているというのが優れていると思います。
失業率が50%以上の地域を移動して就職支援する「モバイル・ジョブ・センター」の活動は、電力ガス会社・エクセロンが資金提供していると言っていました。
手塚:「包括的サービス」という言葉が印象的でした。ストレスが多様化し図書館の役割も単なる情報提供の場ではなくなっている、それを実際のプログラムに反映させている、と。
社会の変化に合わせた長期ビジョンがあり、その上で図書館が実際に行うサービスの柱を、たとえば、公衆衛生の促進、リテラシー支援、高卒認定試験サポートといった、具体的なところに落とし込んでいました。
松田:案内をしてくださったお二人のうち女性のスタッフは、シマブクロさんという、日本にルーツをもつ方で、頼もしく感じました。素敵なライブライアンでした。
土井:スタッフ教育にしても、モチベーションを維持させるプログラムがちゃんと考えられていました。貢献をしたスタッフや勤続年数を重ねたスタッフを表彰したり、図書館以外の大会や研修に参加するのも援助しています。
手塚:他の機関や企業と連携することで、図書館員も成長する、とおっしゃっていました。例えばソーシャルワーカーと一緒に仕事をすることで、自分たちの専門性も上がると。
利用者が図書館に来館する動機が変わってきた、という話も印象に残っています。動機の一番はインターネットの利用、次が紙媒体、そしてプログラム(就労支援等)、最後にエンターテインメント(音楽、映像の視聴)なのだと。図書館へのファースト・コンタクトは、バーチャルであることも。これから日本も同じ道を辿るのではないかと思いました。
豊田:それではボルチモア郡公共図書館に移りましょう。私たちはアービュートスという高速道路脇にある分館を訪ねたのですが、本部の人たちが8人も、そこに集まってくださっていました。
土井:最初にポーラ・ミラー館長さんが、私たちのジャパンセッションのことに触れ、一緒に対話がしたいと言ってくださったことがとても嬉しかった。そして8人の方々が次々と熱のこもったプレゼンをしてくれたのも、素晴らしかったですね。
手塚:こちらの図書館もとったメモの量が膨大です。こちらの図書館でもやはり確固たる大きなビジョンがあり、そこから何を行うか具体的なプログラムに落としていくという流れが同じでした。
土井:ミラー館長のプレゼンは力強くて、圧倒されました。20世紀の図書館は、その時に求められた本や情報を与えてきたけど、21世紀の図書館は、地域がこれから必要としていくものを提供するのだと。
手塚:ビジョンに大きく強いインパクトがありますし、どんな人にもわかりやすく、覚えやすい言葉を選んでいました。
ロゴもそのビジョンに合わせて一新し、グッズやパンフレットを作り、デザインを全館統一して、これから成し遂げることを市民に伝えるために、ブランディングを展開する。市民に浸透させることで自分たちの覚悟も決まる。「図書館を忘れられないように」とおっしゃっていましたが、定期的に働きかけることの大切さを感じました。
松田:本が開いた形を思わせるブランドのマークの「B」は、赤ちゃんサイズからビッグサイズのTシャツやバッグ、キーホルダーにして幅広い年齢層にPRしていましたね。今でも強く印象に残っています
土井:抜群なのは、なんでも先ずは地域の人たちを集めて、地域のニーズを聞くところから始める。それで図書館が何をできるのかを考え、決定して実現していく。しかも地域の人たちを集めるのに、食事を無料で提供することさえする。
手塚:子どもたちには夏休みや放課後に、ランチやゲームの場を提供すると言っていましたね。
松田:日本でいう子ども食堂のようなことを図書館の中でやっている。ちょっと驚きましたね。
手塚:アメリカでは子どもたちが安全に過ごせる場所は図書館くらいだと。日本にも子どもの貧困や格差の問題はあります。でもアメリカの積極性な関わり方を見ていると、日本にはそれは自分たちの仕事ではないという意識が、図書館側にまだまだあるように思いました。
土井:アウトリーチ活動もユニークで、アフリカ系の男の子はあまり図書館に来ないから、理髪店に出かけて、そこで髪を切る間に読み聞かせして、本に興味をもってもらう。
松田:コインランドリーにも出かけていったり、こちらから外に打って出る姿勢を感じました。
土井:ブックモービル(BM)もすごいです。4台で15の地域に行っていて、それぞれ30分止めるだけで80人の子供たちが集まってくると。しかも、本だけじゃなく、そこでゲームもしたりする。
松田:高齢者施設に出かけて行くBMも2台ありました。地域のコミュニティづくりを支援しているんですね。
手塚:BMの使い方は、多種多彩で、戦略的でした。クッキング設備や、就労支援のPCを搭載している場合もありました。
土井:ヒューマン・ライブラリもやっていましたね。LGBTQや、自閉症の方など、様々な世界観や価値観をもった人たちのことを知ってもらいたいということでした。
豊田:議会図書館(Library of Congress, 以下LC)についても、ひとことずつお願いします。日本部門のキャメロン・ペンウェルさんが、流ちょうな日本語で解説をしてくださいました。
松田:建物の荘厳さとか、各国の資料が多いのにも驚きましたが、何よりも、資料のデジタル化を進めていて、それをホームページから全世界の人たちが見られるようにしている、というのに感銘を受けました。そうしたことを、世界一の図書館だという誇りをもって、やっている。しかも小中学校に対して教材を提供するとか、学校の支援もしているということで、驚きました。
手塚:どの図書館より開かれていると知り驚きました。日本から直接、レファレンスや、貸し出しも、いつでもホームページからできますよと。ターゲットが明確で、ターゲットにどうしたらリーチできるのか、利用者に使いやすくなるのかを徹底的に考え、「利用者中心主義」を貫いていました。
土井:ALA大会展示会場で、LCで働く日本人ライブラリアンの下條洋子さんと出会い、翌日LCの館内を案内していただき、そこでまた、もうひとりの日本人ライブラリアンであるミーンズ節子さんとも交流できました。それをきっかけにして、その後、日本からLCにレファレンスを依頼する機会にもつながりました。
また、2019年11月の図書館総合展での私たちのALA年次大会におけるジャパンセッションの報告会では、ちょうど帰国していたミーンズさんが参加してくださり、素晴らしい再会を果たしました。LCに訪問してこそ生まれたつながりであり、今後も大切にし、活かしていきたいと思います。
豊田:その他には、何か印象に残っていることがありますか?
松田:事例発表の後に田村俊作先生(慶応義塾大学)と豊田恭子さんと一緒に、ALA会場のポスターセッションを周らせていただいたのですが、その中で州立オクラホマ大学ヘルスサイエンスセンターの「消費者健康情報コミュニティを育成する」を発表していた二人のライブラリアンと情報交換できたことが印象に残っています。そもそも日本の公共図書館の医療・健康情報サービスは14年前に米国の消費者健康情報サービスをモデルにスタートしたという経緯があったので、非常に感慨深かったです。お互いのサービスについて情報交換している中で闘病記の話も出てきて驚きました。州立オクラホマ大学ヘルスサイエンスセンターでも、闘病記を活用されているそうです。他にも公共図書館員等への研修を継続してきたことが地域のヘルスリテラシーを育むことにつながっていることを伺いました。鳥取県の図書館でも大学図書館と公共図書館が連携して研修を継続しており、医療・健康情報サービスを担当しているライブラリアンの思いを共感しあうことができたように感じました。
また、最終日に視察したスミソニアン博物館群フリーアサックラーギャラリー図書館の館長さんから「ALAの発表を聞きました。米国の図書館でも高齢者サービスに関心が高まってきています。素晴らしい取組みだわ」と声をかけていただいて固い握手を交わしたりと印象深い出会いがありました。
豊田:今回は、アメリカで事例発表、そして視察と、本当に大きな経験をした1週間だったかと思います。全体を振り返っていかがですか。
松田:今回、皆さんと一緒に行ったことで、いろんな意見交換もできて、理解が深まった気がしています。単独で行っても、これだけの経験はなかなかできない。丸善雄松堂の増井尊久さんの通訳も素晴らしかったし、現地ガイドの方も話も参考になった。ぜひ、これからも多くの人に、こういう経験を積んで欲しい。
土井:実際に行ってみて、お互い同じようなことを悩み考えているのだと共感できたことです。情報交換して対話し、同じ方向を向きながら、一緒にチャレンジしていけるというのを知ることができたことが、いちばんの収穫です。
手塚:なぜ3Dプリンターを導入するのか、なぜZINE(個人で作る雑誌)の出版がアメリカの図書館で流行しているのか、その背景を知りませんでしたが、ティーンズ・サービスをしていく際、ティーンズはアウトプットすることが重要であると。その支援としてそれらのツールが必要だからであると知りました。流行りのサービスの背景を知らず、形だけ真似するのではなく、こういった「なぜ行うのか?」という、大本となる考え方から学び、自分たちのサービスに応用したいと思いました。
土井:アメリカの図書館員は、圧倒的に図書館のサービスに自信をもっていると感じました。
松田:社会に対する責任感、使命感がすごかったですよね。
手塚:自分たちの仕事に対して、みなさん大きな誇りを持って語っていました。たとえ批判されることがあっても、こういう理由でこれを行うのだと堂々と語れる。その姿勢こそ学びたいと思いました。
土井:私がこれから強く意識していきたいのは、図書館がどれだけ人や地域を変えたのかを、データだけではなく、ストーリーにして伝えていくことが重要だということです。それが図書館の評価となり、支持につながり、図書館やライブラリアンを変えていくことにつながるのだと思います。
豊田:本日は、皆さんが得た多くの学びを聞かせていただき、米国図書館視察の意義と成果を再確認することができました。どうもありがとうございました。